1月にクリニックで大うつ病鬱病)と診断され,4月から本格的な休養・治療が始まりました.
  ストレス負荷が減り,お薬の効果もあり,徐々に体調は良くなっていきました.
  5月からは趣味でブログをはじめ,7月からは資格試験などの勉強にも興味を持つようになりました.
  主治医の先生も投薬・休息治療の効果がみられることから,そろそろアルバイトも可能だよと診断されました.
  その矢先,母が階段から転落・・・怒涛の介護生活に突入し,介護うつ状態になりました.

 

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8月 母,階段から転落・・・

 筆者のうつ病も大分良くなり,先生からはアルバイトも可能だよ,でも焦らずでいいよと,診断された矢先の出来事でした...

 8月1日朝の8時前だったと思います.その時間の筆者はまだウツラウツラと寝ている時間帯です.そして,自室のある2階から降り,TVの天気予報を必ず確認するのが,筆者の母の日課でした.そして,この日は寝坊したのか,焦って服のボタンを締めながら,階段を下りようとしたときです...

ドタバタドタバタドタバタッッッ
・・・ズーン・・・

 母は階段から転落しました.転落の瞬間,筆者は2階の自室でまだ眠っていました.もの凄い音で目覚めましたが,何が起きたのか分からず,しばらくボーっとしてました.また,父が掃除機でも落っことしたのかな,,,なんて思っていました...

 ・・・そのうち「うめき声」が聞こえ,「これはイカンっ!誰か階段から落ちたっ!?」と飛び起きました.ドアを開け,階段の下で横たわりうごめいている母を発見.母は2階から階段を転げ落ち,あちこちぶつけて,うめくのがやっとの様子でした.そして次に,筆者が目の当たりにしたのは,,,

 母の左手が,左腕から外れかけている惨劇でした...

 アワアワしながら,急いでタオルとガムテープで腕を固定し,頭や背骨,足腰に傷や出血が無いか確認.出血していた切り傷には消毒をし,絆創膏を貼り,とにもかくにも,目の前の総合病院へ連れて行きました.

 この時,家主である父は,丁度不燃物ゴミの日で,車で家から離れたところに居ました.筆者と母が家を出る際,父が丁度戻ってきたので,事の次第を説明し,先に2人で病院に行くと伝えました.このときの父は,まだ呑気な表情でした...それは何故かと言うと,母が転落して,病院へ駆け込んだのは,今回で3度目だったんです...1〜2度目は頭を数針縫う程度の怪我で済みました.父はあの左腕を見ていないので,「また直ぐに治療を受けて,今日中には戻ってこれる程度の怪我」だと思い込んでいました.

 しかし,病院の救急医療室で合流し,母の検査・治療に4時間...筆者はあの傷を目の当たりにしていましたが,父同様に前回の処置の早さから,今回も1日で帰宅できると,少し希望がありました.ほとんど寝巻き状態だった筆者は,いったん父に任せて家でシャワーを浴び,パンをかじって,朝の分の薬を飲み,また病院へ向かいました.その時にはストレッチャーで母は検査から戻ってきて,医療室の奥の一角が母専用の治療スペースになっているのが分かりました.

 あまりに時間がかかるので,カーテンで囲まれた所を覗いて見ると,左肘上から手首まで包帯グルグル巻きにされた母が横たわっていました.丁度レントゲンを睨んでいる整形外科の先生と目が合ったので,どんな具合か聞きました...先生の第一声は...

「あなたのお母さん,入院できるかな?」

 えっ? 入院!!! 確かに凄まじい怪我ですから,仕方ないのですが,それにしても今度は終に入院・・・ 想定外の事態の連続で,アワアワ状態になるのを必死で堪え,待合室にいた父を呼んで,改めて母の容態・今後の治療について伺いました.先生はてきぱきと説明をしてくれ,レントゲンで左手首の骨が砕けているのと,左肘の骨折と脱臼していると説明されました.

 父は先生に質問しました.「ヤンキースの松井選手も骨折したけど,うちのかみさんは松井くらい?」 
 医師はとんでもないと言うばかりに,「松井レベルを遥かに超える酷さです.この総合病院でも久しぶりに来た重症患者さんですね」 ・・・ これを聞いて,父はかなりショックを受けたようです.それにしても,入院,さらに粉々になった骨を並び替える手術,そしてリハビリ,,,最短1週間,最低でも2週間は入院の覚悟をしてください,と念を押されました.

 丁度3日が筆者のクリニックと父の心臓の検査の日でした.父も筆者のクリニックに同席し,8月は母のことでバタバタすると思うので,本来2週間ごとの通院が原則ですが,薬を4週間分出してもらいました.今度のことをきっかけに,介護や家事の両立を筆者がしなくてはならなくなりました.それまで落ち込みが酷かったのですが,事故を契機に良くも悪くも,筆者にとってハードなリハビリ生活を余儀なくすることになり,ストレス負荷が高く介護うつ状態が続くことになりました.


 <治療費と薬代 28日分(1割負担)>
  治療費  500円 / 薬代    1220円
  ・トレドミン25mg  4錠/日 ・ハルシオン0.25mg 1錠/日 ・メイラックス1mg 1錠/日 
  ・ヒルナミン5mg  2錠/日 ・リーマス200mg 3錠/日 ・プルゼニド12mg  2錠/日

8月 20日間の怒涛の入院介護・・・介護うつ

 母の左手首は粉々になり,左肘も骨折し脱臼状態でした.初日に仮手術を行い,大きな器具をぶら下げていました...なぜ,『仮』手術であったのか・・・それは,血液検査によって,母の血糖値が非常に高く,糖尿病の目安とされるヘモグロビンA1Cも7と高く,ほぼ糖尿病レベルと判断されたことが原因です...糖尿病が進行している場合,免疫機能が低下しているため,傷の化膿など,整形外科手術をするには深刻な問題になります.そのため,仮手術で仮固定し1週間ほど様子を見て,まず傷が化膿しないかを見極めないといけない,というのです...

 入院初日は,父が母に付き添い,筆者は家に戻って必要なものを用意しました.着替えや沢山のタオル,水のみ,歯ブラシ,コップ,箸だけでなくスプーンなど,紙おむつの準備からウェットティッシュ,,,また母も精神疾患もちなので,多くの種類の薬を持ち込みました.入院初日に父と筆者が帰宅できたのは,夜の11時でした...次の日から朝6:30に病院へ行き,手が不自由になり体勢を調整できない母の食事補助をし,熱が高いため体の寝汗をふき取り,ベッド下に引いているバスタオルを渇いたものに取替え,母を寝かしつけたところで,病室でしばし仮眠をとりました.目覚めた時には,今度は昼食補助をし,その後,ようやく自分たちの昼食を作りに帰宅します.昼食後,夕方には夕食補助をしにまた病室へ行き,一通りのことをして,夜8時前に着替えなど洗濯物を持ち帰り,スーパーのお惣菜と野菜などで夕食を済ませ,洗濯機のタイマーをセットしてようやく寝ることが出来ました.

 うつ病治療中の筆者にとって,本当にハードなリハビリ生活でした.何度も何度も,介護うつ状態に陥り,うつ休暇を取りながら,病院に行き,スーパーで買い物をし,自分達の食事の準備をし,洗濯しては病院に届け・・・.そんな毎日で立ち上がれないほどのうつ病のリバウンド状態に陥ってしまうんです... うつ症状といっても,落ち込みなどでなく,肩こりや起き上がれないこと,表情が疲れ果ててしまい,さらにストレス過多になると,顔が真っ赤に高揚し肉体疲労で歩けなくもなりました...そのため,症状が酷いと高齢の父に母をまかせっきりの日すらありました...ただ,心身ともに疲れ果てていても,入院・手術の母のため,高齢の父にこれ以上負担をかけないためにと思うと,何とか半日は活動できる状態でした.そう考えると,うつ病患者の底力みたいなものを感じました.(あくせく働いている人からみたら,大した苦労ではないかもしれませんが,治療している一患者として考えると,凄いパワーだったと思います.)




 そんな毎日でしたが,母の2度の手術が無事に終わると,安堵にひたる暇もなく,病院側から早期退院を催促されました.もうしばらく入院して,糖尿病食やベッドのしたく,また母の歩くリハビリなどにも時間を割いて欲しかったのですが,病院側の医療体制上,自宅療養できる患者さんの入院の延長はしてもらえなさそうでした...退院日前の3日間ほど,筆者は,とてつもない不安に襲われて,酷い介護うつ状態に悩みました...
 

退院・・・自宅療養の準備に不安でうつ状態の9月

 筆者が不安だったのは,母の糖尿病のことです.先ず何よりも,この介護月間の間,食事の準備と洗濯くらいは,父と共に何とかできました...しかし,毎週行っていた『掃除』はノータッチだったんです...なので,埃なども溜まっていて不衛生なわけですが,免疫力が低下している糖尿病患者の場合,せっかく手術したのに傷が化膿してしまう危険性が怖かったのです...なによりもふらつきの酷い母の状態で,歩いて家具にぶつかってしまって,また怪我でもしたらと,自宅介護の受け入れ態勢が万全でないことに,不安が込み上げてきてどうしようもありませんでした.

 一方,父はとても前向きで現実的でした.うつ症状で何から手をつけて良いか困惑していた筆者に対し,2階の布団を1階の和室に移して,母の寝床にすることや,掃除のこともちゃっちゃかとリストアップしてくれました.退院前日,それまで介護うつ状態でしたが,リスト項目に沿って,2階の布団を移動し,掃除は父にしてもらい,またぶつかりそうな家具にはクッションを巻きつけました.母がどこかにぶつからないか,足を引っ掛けないか,筆者は不安になって,夜中まで作業を続けました.逆に退院当日は,介護うつをぶり返し,夕方まで布団から起きる事も,動くこともできませんでした.

 ですが,いったん退院してきた母の顔を見ると,なんとか食事の準備をしなくてはいけない,と思い立ち,何と何を作ろうとイメージが湧くと,不思議なくらい体が動くのです....うつ病患者で酷い症状が出ていても,いざとなると底力がでてくる自分に,自分で自分が分からなくなるほど不思議な思い出でした.

 母が退院してきた当初,母は歩くのもフラフラで,着替えも食事も1人ではできません.また,夜中にお手洗いに行く場合,ソファーなどの家具を横切り,薄暗い室内灯の中を,ウツラウツラと歩くわけですが,この時もし,また転んでしまっては危険だという判断で,筆者が1階のソファーで寝ることになりました.最初の2日間は何とかやり過ごしましたが,日に日に肩こりや頭重,肉体疲労が全身に及んでいくのがわかりました...そして,3日目の晩,ソファーで横になって数時間後,最悪の夢を見て,飛び起きました!悪夢の内容は,1月の手記に記したトラウマの人たちから,筆者がうつ病になったことや,相手の男性から裏切られたことなど,全て自分(筆者)が悪いのだと,槍玉に挙げられているのです.かなり生々しい悪夢で,体中から冷や汗が溢れ,動悸・息切れも激しく,酷いパニック発作でした...

   もう限界だ・・・

 そう確信しました.急いで安定剤のヒルナミンを飲み,置手紙をして,2階の自室のベッドで布団に包まり,鬱々としながらも,薬の作用で次の日からほとんど眠っていました.....その日以来,母も1人でお手洗いに行けるということで,父も私も2階の自室で寝ることにしました.それから数日は,筆者はあの悪夢から逃げるように,頓服のお薬を飲んで寝逃げしました...




 それからしばらくして,母もまともに歩けるようになり,筆者の体調も回復し,家の中のことが順調に回るようになりました.母が元気だった頃は毎日行っていた買い物を,週2〜3回に減らし,父と二人で大量に買い込むことで,時間と体力の節約をしました.毎日外出しなくて済む分,食事の準備や母の着替えの手伝いは,筆者が率先して担当しました.

 9月の間,介護うつと復帰を繰り返しながら,徐々に体のリズム,生活のリズムが定着してきました...介護うつ状態のときは,父母にご飯も作ってやれず,父に任せると案の定,カップ麺を食べていたりしました...大変申し訳なく,自分のうつ病を責めました...うつ休暇明けには,常備菜おかずを作っておき,もし筆者がうつ状態になっても,そういったおかずなどで,食事を済ませられるようにしました.

 また,筆者自身,糖尿病食を『母のためだけに』作るという考え方を改め,家族全員で,糖尿病食ダイエットを始めようと,考え方を方向転換しました.そして,レシピを考え,作った料理の写真をとり,カロリー計算もして,新しいブログ「畑のきのこ」に紹介しようと思いました.そうすることで,自分の努力を誰かに見てもらえ,また努力の成果の記録を残せるというメリットがあったのです.「畑の月夜」が自分のリハビリブログなら,「畑のきのこ」は糖尿病食ダイエットへの意欲促進ブログでした.

 クリニックの先生にも,筆者の日常生活のボルテージを上げるために,新しいブログで自己表現することを伝えたところ,良い試みだと言っていただけました.何かしらをきっかけに,意欲を維持できることが,うつ病治療リハビリでとても大切なことのようです.筆者にとって,ブログはまさにリハビリの場であり,手軽に始めれるリハビリ手段なんだと思うようになりました.

 また,9月に入り,父が高血圧予防のための散歩を再開しました.筆者も体調の良い日は,ダイエットも意識して一緒に散歩することにしました.母のための糖尿病食ダイエットブログとは別に,筆者のダイエット記録を中心としたブログ,「ダイエットブログ」で散歩ダイエットと食事ダイエットも公開しています.筆者の2006年1月からの体重の記録をグラフで見ると,,,大きな変動もありましたが,随分と体重が減りました.詳しくはまた別の章で紹介いたします.

 <治療費と薬代 14日分(1割負担)>
  治療費  1800円(※リーマスの副作用,甲状腺機能の血液検査込み) / 薬代    730円
  ・トレドミン25mg  4錠/日 ・ハルシオン0.25mg 1錠/日 ・メイラックス1mg 1錠/日 
  ・ヒルナミン5mg  2錠/日 ・リーマス200mg 3錠/日 ・プルゼニド12mg  2錠/日


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